A-TEC
整備士という職人たち

第二期卒業生 山田清通さん ヤナセ沖縄社長就任



顧客満足高めたい
ヤナセ沖縄の山田新社長

外車販売のヤナセ沖縄の山田清道社長が13日就任あいさつで琉球新報社を訪れ、「アフターサービスを充実させ、顧客満足度を高めたい。丈夫で安全性が高く、安心感がある車をアピールし、2代、3代と乗り継いでもらえるように頑張りたい」と抱負を語った。昨年12月19日に就任。東京営業本部アフターセールス推進室長から着任した。「志を持ち、こつこつとやっていきたい」と意気込む。顧客サービス部門を歴任しただけに、40人の社員には「お客さまが足を運びやすい店に」と説いている。沖縄では初の勤務。単身赴任で自炊生活をこなす。「沖縄の料理や文化に早く慣れ、趣味の釣りを楽しみたい」と笑顔を見せた。 
 
琉球新報 2010年1月14日 
 第二期卒業生 山田社長に当時の思いを聞いてみました。

私の少年時代は、父親が海軍出身であり、叔父も船乗りであったせいか、海上保安庁の巡視船に乗ることに憧れていましたが、船乗りよりも、この先は自動車産業が発展する時代になってくるから、自動車整備士を目指したらどうかと言われ父親の言うまま整備士になろうと心に決めました。

土岐学園に入学当時の私は、自動車の車名も分からず、どうして動くのかも全く解かりませんでした。入学した同僚達は、車好きな人達の集まりであり、私は車に対する知識が全くありませんでしたから、不安な日々を過ごす毎日でした。まず最初休日は国道19号線を走行している車を見ながら車名を覚えたことを今でもはっきりと覚えています。

授業を受けるに従って車の構造も理解できるようになり、楽しい日々を過ごせるようになりました。1年を迎え就職活動する頃、新たに研究科が発足したため、もう1年勉強することとなりました。

2年目を向え土岐学園を卒業したら、私の出身地である新潟の国産ディラーに就職でもと考えていましたが、先代の理事長先生が輸入車であるヤナセの就職試験を受けてみないかとアドバイスを頂き、不安を抱えながら理事長先生と校長先生と3人で新幹線でヤナセ横浜支店に向かいました。

その後、幸いにもヤナセに入社することが出来、メルセデス・ベンツのメカニックを15年、サービスアドバイザーを3年、サービス課長として3箇所の支店を転勤することによって様々な経験をすることが出来ました。その後、横浜営業本部アフターセールス推進室長3年、そして東京営業本部に転勤となりアフターセールス推進室長3年、20101月よりヤナセ沖縄・琉球社長に就任いたしました。

 今、振り返って見ると、私の人生のきっかけとなったのは父親の言葉の影響、そして土岐学園の先生方々に学んだことの大切さ、特にヤナセに就職のきっかけを作っていただいた先代の理事長先生に感謝申し上げます。
                                          
                                 ヤナセ沖縄 山田清通

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